喜多方ラーメンの生みの親は、中国から来た青年だった

    ラーメンの町、喜多方。
    蔵の街、喜多方。
    人口約5万人の町に、なんと120軒のラーメン店があるそうです。

    昨年は『八重の桜』人気で会津への観光客が増えたから、喜多方に足を延ばしてご当地ラーメンを食べた方も多いはずです。

    ずいぶん前に見たんで詳しいことは忘れちゃったんですが、
    市の職員の1人が町おこしを真剣に考え、ラーメンに行く着き、
    ラーメンの町としての広報活動を地道に続けて今の成功につながった、というような内容だったんですが、
    たしか当時は町おこしとしてのご当地グルメはさほど注目されていなかったはずで、ご当地グルメの火付け役になった、と記憶しています。

    なぜ喜多方がラーメンの町として成功したというと、飯豊山(イイデサン)からくる豊富な伏流水に恵まれ、
    古くから酒や味噌や醤油といった醸造業が栄え、蔵の街の誇りがあったからです。
    熟成された醤油は、喜多方ラーメンの味を支える太いベースになっています。

    大正の末に、中国から親戚を頼って日本来た青年がいました。
    各地を転々とした挙句、縁あって喜多方に住むことになりました。
    体が小さく、仕事にありつけなかったので、屋台を引いてラーメンを売り続けました。

    当時、ラーメンはごちそうでしたが、その味は徐々に地元に受け入れられ、店を構えるまでになりました。
    その店は、今も残るご当地ラーメンの元祖喜多方ラーメン店「源来軒」。
    その初代店主、中国から来た青年の名は、潘欽星。
    お店のモットーは、「真心を込めたものをお客様に提供する」だそうです。

    *TV朝日系”学び Eye”より
    関連記事
    スポンサーサイト

    コメント

    コメントの投稿

    非公開コメント

    プロフィール

    アル中ル

    Author:アル中ル
    金がない、財産がない、才能がない、若さがない、かっこよくない、根気がない… 
    酒を飲むしかないアラシニ(アラウンドシニア)。
    グルメと歴史に興味あり。
    バスト・ウエスト・ヒップ・体重オール100。
    メタボだとけしからんこと言うやつがいますが、決してメタボではありません。

    最新コメント

    ページの先頭へ戻る